2008年11月27日

シンデレラ-柿の木の想い出





近所に子供の頃よく登った柿の木がある。今年はハズレ年だったのであまり実らなかったのですが、実る年にはその木の大きさもあって秋には沢山の柿の実をつけます。柿は民家の中庭に生えていて、母屋には土間があり、井戸と風呂と便所は別棟という佇まい、今思い返すと田の字(四ツ住まい?)の典型的な農家の形式ですね。2つ年上の少年が住んでいたので近所の悪ガキとともによくそこに集まり鶏のようにその木に登ってターザンや仮面ライダーになったものです。
余談だけれど子供の頃はその柿の木に限らず近所の家の屋根の上にみんなでのりまくってよく叱られたものです。今じゃ考えられないなぁ・・・

現在は空き家になっていて、先日そこの地主さんにたまたまお会いしたので尋ねてみたらもうすぐ取り壊される事になっているそうです。
なのでその折に思い切ってその柿の木を譲ってくださいとお願いしました。そしたらどうせ壊すのだからいいよと二つ返事、都市の森再生工房の録さんが以前「柿の古木があるといいなぁ」って言っていたのでちょうどいいやと思ってはみたけれど、中庭いっぱいに枝を伸ばしたその柿の木、はたしてどう伐っていいやらと只今思案中なのです。。。

日曜日に実は少し枝を伐ってみました。亡くなった舅が残してくれた大鋸が役立ちました。私も(口だけ)庭師の端くれ、剪定鋸くらいはあるんだけれどそれではどうも背が足りなかったのでちょうどよかった。

2008年11月25日

荒削りのスプーン



2本ほどまたスプーンが荒削りの段階まできたので写真を撮ってみました。
なんとなくスプーンの形になってきているのがお分かりでしょうか?
削りだされたスプーンに添えてあるのは元の原型を想わせる欠片たちです。
いつか同じ長屋の熊さんが私の作った木匙をみて「木頃のなかまたち」ってぇのはどうだい?なんていってくれましたが、私は今でもそう呼ばれるのが好きです。で、私は熊さんに返しました。熊さん、そしたら「森想木頃」っていうのはどう?「木の頃を知って森想う」っていうのかな?
おっいいねー、おめぇもちっとは気が利いてるじゃねぇか・・・(ほとんど親父ギャグですが・・・) <<2005年愛知万博頃のお話

実は私のプロフィールに使ってある画像の写真は私の最初につくった作品です。木匙はそれから何本も作ってきたのだけれど恥ずかしながら未だにそれよりいいものが作れた事がないと思ってます。^^;
木匙作りは私の恩人がいつも忙しくなるとそれを紛らわすかのように作っていたのを横目で見てて不思議に思っていたんだけれど、その時はまさか自分がそれにとりつかれるとは思っていなかった。彼が亡くなった後、彼が好んで使っていた木(栗の木)と同じものが事務所の軒先に転がっていたのを見て割ってみたのがきっかけだった。最初、新調した鉈を使って割ろうと試みたが、どう力を入れてもなかなか割れず思い余って小口に鋸を添えて切り始めたりもした。栗は杉と同様木目が素直で割りやすい材の代表なんですけど、それすら知らず10センチほどの丸太を前にして途方にくれたことが懐かしい。その後、詳しい人に相談したら小斧と木槌でいとも簡単に綺麗に割り放ってくれました。
これでも庭師の端くれ(口だけの庭師ですが・・・^^;)、森に行けばある程度「この木何の木?」に「気になる木だよ」と答えられる自信があっただけに、木のもつ内面の奥深さを思い知った気がしました。

私の木匙の作り方なのですが、実はそういうわけできっかけを作ってくれた恩人の作り方をろくすっぽ見ていなかったせいもあって完全に我流です。でもまぁそれでいいとも思ってます。出会った木を活かして、あとは使う人のための用を成すことができればまずはそれで良しだと思っています。私の心の師匠がいつか言ってた「今、森が荒れているんじゃない。人と森の関係性が荒れているんだ。」という言葉、それを木ともっともっと関わることで取り戻せれたらと思っています。なので無手勝流の私の木匙作りですが最初の作品から変わっていない事があって、最初、作るときに一度思い切って木を割ってやります。そうすると木が自分の性格にあわせて私に呼応してくれるのです。そこから私の木にさせたいことと木の素性とのセッションが始まります。木を削り始めるときこうしたいって思い描くところはもちろんあるんですけどその先どうなるのかは私にもわかりません。ただ、それが結果的にどうなったとしてもなるべくその気に対して私の意志を持つように心がけています。そうしないと木に叱られそうな気になるからです。

2008年11月23日

簡単ホゾ作り-テノンカッター

テノンカッターという道具は以前から知ってはいたのだけれどドリルの先端工具としては少々お高く、ホームセンターなどでは置いてなくて手が出せずにいました。
これまで私は小さな木の小片を小刀でちまちま削ったりする事が私の木工だったのでそれでもよかったのだけれど、都市の森再生工房にうずたかく積まれて出番を待っている4cm厚の都市の森材を見るにつけやっぱりこういう材料も使わなくっちゃと思い立ち、思い切って私もホゾ作りに挑戦することにしました。とはいえ本格的なホゾやアリを駆使して木組みをする自信も無くてテノンカッターを使った丸ホゾで行うことに。

どんな工具なのかは都市の森再生工房のブログに載っているのでご興味あればご覧ください。

それで小テーブルと小椅子を作ってみました。
使った材料は都市の森再生工房にあった材料、
  天板 4cm厚のクスノキ
  脚  断面4cm×2.5cmの棒材(サクラ)




手順
1.サクラの棒材を40cmに刻んでテノンカッターの刻み口に入れられる大きさにバンドソーで加工。




2.テノンカッターで丸ホゾ作り





3.天板に丸ホゾと同径の丸穴をフォスナービットであけます



4.脚を天板に叩き込む。(運がよければこれで完成)



感想
今回は1インチ(約25mm)の丸ホゾを作ったのですが、いやぁほんとつよいつよい。
これなら人が座ったりしても大丈夫そうです。(もちろん材料にもよるのでしょうが。。。)
これで枝とかも使っていろいろ作ってみたいものです。

2008年11月20日

名古屋城西北隅櫓見学会に参加してきました





昨日、録の旦那に誘われてあいちの木で家をつくる会の主催する名古屋城西北隅櫓見学会に参加してきました。
名古屋城西北隅櫓っていうのは何でも江戸時代初期に名古屋城が出来るときに建てられてそのまま先の大戦の戦火を免れて残っている貴重な建築物だそう。普段は非公開。
で、その櫓、なんでも信長ゆかりの清洲城の構造材を使って建てられたらしい。
昭和30年代にも大修復していて創建以来のその時々に柱や梁に埋め木や接ぎ手が随所にあって面白かった。(いつか街路樹なんかも使ってくれないかなとかひそかに思ったりして・・・冗談です)

知らなかったのだけれど江戸時代初期は製材にまだ鋸(のこぎり)を使っていなかったのだそうだ。大きな角の柱材を作り出すのは大変だったことでしょう。それでも必要なところはチョウナと呼ばれる鉋で削り上げていったそうな・・・それを想ったら木匙を作っているときに手が痛いと悲鳴を上げている自分が少し恥ずかしくなりました(ノノ)

2008年11月18日

公園に秋を見つけに行きました




子供達が先日行われた学習発表会の代休というのもあって、大府市にある愛知健康の森という兼営の大きな公園に行ってきました。確かバブルの頃に東京ランドスケープという造園設計会社がデザインした公園で(ごめんなさい、建物の方は忘れました)開園当初興味深く歩き回った記憶がある。丘陵地帯のこの地域で、なんとなく地平線を感じられる風景が醸し出されていて面白いなと思った記憶があります。今でも週に何度かその公園の前を通るのだけれど、なかなかゆっくり立ち寄ることもなかったのですが、この地域でも紅葉が始まっていて義母を安心して連れ出せる場所として格好の森だと思い出かけました。

全体のレイアウトなどはとうに忘れていたんだけど、公園の名前からして森(=雑木林というイメージね)もたくさん残ってるだろうと思って行ったのですが、私の印象としては「おっきな庭園」という感じ。な~んだ残念・・・と思いつつもあちこちに垣間見える木々たちの秋の装いを楽しんできました。池の廻りには僅かながら雑木林も残されていてアベマキやユズリハなどこの地域の丘陵地でで特徴的な木々とも出会えてそれなりに楽しめました。
お年寄りや子供などが安心して入っていける雑木林っていうのも有りかな?(^^
どうぞご家族で森をお楽しみください。

で・・・ちゃっかり在庫(?)の少なくなってきた小枝もそこで少しばかり失敬してまいりましたw

2008年11月15日

木のスプーンの新作ができました




庭木や街路樹など身近な木で木匙(きさじ)や小物などを作っています。
ここ一年くらい暫らく木工から遠のいていたのですが、夏を過ぎてからまた製作を再開して右のリンクにある「都市の森再生工房」とか自宅の軒先などでのんびり作っています。

前からそういった作ったものをホームページで紹介しなきゃと思っていたのですがなかなかできずにいました。今回やっとエイヤっと重い腰が上がりました。

ということで初日はそれまで作りかけだったスプーンがようやくいくつか完成したのでそれを紹介します。
といっても写真の掲載の仕方が分からないので、リンク先に写真帳があるのでそちらを記しておきます。 →スプーン新作
(※画像のアップロードのやり方が後でわかったので入れてみました)